逆井城
天正5年(1577)、玉縄城主北条氏繁が築城。
戦国末期、後北条氏の下野・常陸侵攻の最前線基地であった
中世城郭を再現した戦国時代(後北条氏)のお城跡です。
着到層、物見やぐら、太鼓層、板塀、御殿、水堀、空堀、
比高二重土塁etcなどが再現された城跡公園です。
中世城郭を勉強する方には大変勉強になるお城跡です。
ぶらり!東京近郊の名城・古城
この城は日本全国にある普通のものとは異なり、
今や皇居という通称で呼ばれている。
城自体は何の変哲もない、また跡だけが残る完全体の城ではないが、
皇居東御苑内(江戸城の本城)の本丸にある宮内庁書陵部は
民間人では研究者だけが愛用できる穴場の資料館、研究所である。
学生でも指導教員と一緒に行ってもらえば、OKだそうである。![]()
童友社 1/350 日本の名城 デラックス版 江戸城

白石城は白石市の中心部にある益岡公園にあった平山城で、中世期末期頃、地元の土豪白石氏の居城でしたが、慶長7年(1602)以降は仙台城の支城として伊達家の重臣片倉氏が代々居城し、元和元年(1615)の一国一城令後も例外的に「城」としての存続が認められました。
明治維新時には、白石城で奥羽越列藩同盟が結ばれるなど歴史が大きく転換する時にたびたび登場し、重要な役割を果たしてきましたが、明治2年には白石藩知事となった南部家(岩手県盛岡市)が城主となり、その後按察府という明治政府の広域行政府が置かれた。
片倉家は、開拓費用に充てるため白石城の売却を申請し、城は陸軍省、大蔵省へと管轄が移り、ついに大蔵省より明治7年に民間に払い下げ処分となり以後随時解体されました。![]()
[宮城県/はたけなか製麺]片倉小十郎の白石城
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